授業
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言語学の分野を対象とする『ことばを科学する』ゼミでは12月14日(水)、「広告の説得力」と題して、与えられたテーマ(商品)をもとにキャッチコピーを作るワークショップを行いました。講師としてお招きしたのは、NPO法人防災のことば研究会理事長の新井恭子さんです。言語学、語用論、コミュニケーション理論を研究分野とし、広告表現、俳句の翻訳、防災コミュニケーションの研究などに取り組んでいらっしゃいます。
人間はどのように「ことば」を解釈しているか、ということを考えていこうとする学問である語用論。
新井さんは広告表現の持つ「説得力」を、語用論のひとつである「関連性理論」を用いて解き明かそうとしています。実際にキャッチコピーを作り始める前に、その関連性理論の「基本の基本」について講義を受けました。
たとえば、こんな日常のやりとり。
Aさん「放課後、映画を観に行こうよ」
Bさん「明日、数学の試験があるんだ」
Bさんは、Aさんの問いかけに答えているでしょうか?
単純に言葉の意味だけ受け取ると、AさんとBさんの会話は成立していないように見えるのですが、ふだん私たちはこんな会話をしょっちゅうしていて、ちゃんとコミュニケーションを成立させています。これは、AさんがBさんの返答を受けて、「Bさんは明日の試験のために勉強しなくてはならないから、今日は映画に行くことはできないな」と、「推論」することができるためです。
自分が感じ取った知覚、これまで学習してきた知識や経験に基づく想定=コンテクスト(文脈)から推し量る能力を、人間は備えています。これにより、ことばの意味の多重性を理解することも可能で、文字通りの意味だけでなく、話し手が暗に伝えようとしている意味を推論して理解することができるのです。たとえば、相手の皮肉を感じとったりすることや、意味の多重性による理解のズレを利用したことば遊びで笑いを誘う漫才やコントも、人の推論能力によって成立しています。
ここからは、実際にキャッチコピーを考えていくためのヒントとなるお話です。
新井さんが考えたのは、「人はことばを記号として解釈するだけではない」という点は、説得力のある広告づくりに利用できるのではないか、ということです。
「そうだ 京都、行こう。」(JR東海)
「なんで、あいつが東大に!?」(四谷学院)
この2つのコピーは、誰もが一度は目や耳にしたことがあり、印象に残っているという人も少なくないと思います。これらは、短いことばの中にたくさんの意味が込められており、受け手の推論をかき立てることで、記憶にも残ります。また、短いことばで印象づける表現技法として、シミリー(直喩)とメタファー(暗喩)についてや、俳句を例にした、ことばの省略の効果についても学びました。
さあ、いよいよキャッチコピー制作です。
課題は、ある炭酸飲料の「商品名」とそれをPRする「キャッチコピー」をつくること。商品のターゲットは中高生。リンゴとハチミツ味で、ビタミン配合・低糖質・熱中症予防に塩分を含む、といったことなどが特徴です。男子3名、女子3名それぞれのチームで、白紙に向かい、ディスカッションを始めます。
思いつくままに言葉を並べたり、商品のイメージをイラストにしてみたりと、両チームの議論は展開していきます。最終的に商品名、コピーをひとつに絞り、プレゼンテーションのストーリーにまとめてお披露目です。プレゼンは、教室近くで活動中だった吹奏楽部、卓球部の生徒たちに審査員として協力してもらい、コンペティションのかたちで行いました。
<男子チーム>
商品名:チョウ!炭酸新時代
コピー:蜂蜜ナメんなよ!
<女子チーム>
商品名:イキカエリンゴ
コピー:これを飲んだらイキカエル
男子チームは、「これまでにない炭酸飲料」というイメージを印象づける商品名と、「舐める」ハチミツを「ナメんなよ!」と主張するパンチの効いたコピーで勝負に出ました。ことばのインパクトとともに、ターゲットである中高生が、そしてプレゼンをしている彼ら自身が、「蜂蜜ナメんなよ!」と言いながら、友達とわいわい飲んでいる姿が目に浮かんできました。
女子チームは、「リンゴとハチミツ味」から、毒リンゴで眠りに落ちてしまう白雪姫とハチミツが好物のクマを連想し、眠っているクマがこの商品を飲んで「イキカエル」というストーリーでプレゼン。かわいくてファンタジーな世界観の商品パッケージや、コマーシャルまで想像できる秀逸なアイデアでした。
審査の結果は僅差で男子チームの勝利となりました。しかしながら、両チームとも、説得力のあるキャッチコピーの要素として新井さんが講義で挙げていた「短いことば」「意外性」「感情に訴える」「たくさんの意味を推論できる」といったことをよく踏まえた力作でした。