基礎研究に向けてー高1SSC

授業

高校スーパーサイエンスコースでは、1年次に「基礎研究」に取り組みます。少人数グループで研究テーマを選択して、自分たち自身で研究を行います。1学期中にテーマを決め、10/31・11/1に行われる学園祭でその研究成果をプレゼンテーションします。

基礎研究にあたりとても重要となる「テーマ設定」。1学期中、特別講座などを開催し、さまざまな分野の研究テーマに触れて、自分が「これだ!」と思うものと出会える機会を設けてきました。

 

4月にお招きした、宇宙の魅力を伝えるフリーマガジンを発行しているTELSTARの皆さん(参考:4/28掲載 「宇宙の環境問題って何だ?」)をはじめ、多くの方々にご協力いただきました。これら特別講座を経て、生徒たちは興味のあるテーマを見つけています。

 

今回は、その特別講座の様子をまとめてご紹介させていただきます。

どんな疑問が湧くでしょうか?

5月29日(金)、豊田理化学研究所客員フェロー・名古屋大学名誉教授の美宅成樹先生、長浜バイオ大学バイオサイエンス学部の辻敏之先生をお招きして、生物学の一分野であるバイオインフォマティクスについてワークショップを実施しました。

 

まずは美宅先生の講義から。テーマはずばり「研究で大事なことは何だろう?」です。研究を「疑問→仮説→実験・計算→モデル・法則・原理」と

いう4段階で分けて考えたとき、疑問を持ち、仮説を立てるためには科学的知識が必要とされ、そもそも研究をスタートするには「疑問」が大事であるという話が導入となります。

 

この「疑問を持つこと」について、生物学を題材に考えていきます。

最初は生物の進化について。46億年前に地球が誕生し、生命が生まれ、人類が誕生するまでの進化の歴史をたどると、身体の大きさ・形、背骨の有無、単細胞生物か多細胞生物か、生命を維持するための秩序構造など、さまざまな視点で生物を観察できることがわかります。そこで美宅先生はおっしゃいます。

「さて、この事実を見たときにどんな疑問が湧くでしょうか?」

こんな具合に話は進み、生物の設計図であるDNAやゲノムの解析についての話をしながら「どんな疑問が湧くでしょうか?」と問いかけ続けます。

どんな疑問が湧くか、そのつどグループディスカッションをしますが、だんだん内容が込み入ってくると生徒たちの声が小さくなってしまいます。疑問を持つためには多くの「科学的知識」を蓄える必要があることを痛感したのではないでしょうか。

 

そして、まだまだ人類が答えを出すことができない壮大な問いを紐解いていくためには、大きい疑問を解析可能な小さな疑問へとbreak down=分類することが必要となります。

 

そのひとつの例として紹介されたのが、「SOSUI」という高精度の膜タンパク予測システムです。私たち生物はタンパク質で構成されており、タンパク質はアミノ酸がつながって形成されたものです。このアミノ酸の配列の違いによってそれぞれ異なる働きのタンパク質が作られ、その並び順はDNAに記録されています。なかでも、細胞内外の物質輸送や細胞間コミュニケーションに重要な役割を果たす「膜タンパク質」はとても大事なパー

ツであり、膜タンパク質の研究は生物の理解を大きく進歩させると考えられています。

 

そこで開発されたソフトウェアがSOSUIです。タンパク質のアミノ酸配列を入力すると、そのタンパク質が膜タンパク質であるかどうかを即時に回答してくれます。現在、長浜バイオ大学でSOSUIの改良や保守・管理を行っている辻先生のレクチャーを受けながら、生徒も実際にシステムにアクセスして、タンパク質の性質を調べてみます。

このSOSUIによって、実際にどんなことが解明されているのでしょうか。

ヒト、チンパンジー、マウス、ハエ…、さまざまな生物のゲノム全体における膜タンパク質の分布を比較すると、種の区別なくほとんど一定の割合であることが分かりました。

 

コンピュータ上でゲノム配列にランダムな変異を起こすシミュレーションをおこなったところ、多くの膜タンパク質が失われるという結果が観測されました。これは様々な生物で膜タンパク質の割合が一定であるという進化の結果と矛盾します。このことから「生物は膜タンパク質の量を管理するための仕組みを持っているのではないか?」という仮説が立てられます

 

このように、「膜タンパク質の分布」という小さな問いへぐっとフォーカスすることで、「生物の進化」という大きな問いへの答えに近づくことができるのです。膨大な情報量を持つゲノムが猛スピードで解析され続けている今、質の良い予測システムを作り、このビッグデータを活用することができれば、進化の謎に迫ることができるといわれています。

 

光を求めてただよう古細菌

7月15日(水)、明治大学総合数理学部準教授の佐々木貴規先生をお招きして、生体分子がつくるネットワークについてお話していただきました。

約40億年前の誕生以来、幾多の試練を乗り越え生き延びてきた「生命」。私たちがふだん文明の利器として使っているエアコンや太陽光パネルのようなシステムは、すでに数10億年前には細胞内で作り上げられていたといいます。その生命体のメカニズムを担っているのが、精密な分子機械とも呼ばれるタンパク質です。

 

そこで、佐々木先生が研究対象とする、死海に生息する「アーキア(古細菌)」についての話が始まります。死海はアラビア半島北西部にある塩湖で、塩分濃度が非常に高く魚類などの生物の生息には不向きな環境です。そのような極限環境下で生き抜いているのが、このアーキアです。アーキアは湖全体を紫色に染めます。この紫色の正体が、古細菌の細胞膜上にあるタンパク質「バクテリオロドプシン」です。

 

では、なぜバクテリオロドプシンは紫色に見えるのでしょうか?それは、このタンパク質が緑色の波長の光を吸収し、私たちの目にはそれ以外の波長の光(紫色)が届くからなのです。

 

このようなタンパク質と私達たちとの“距離を縮めてみよう”ということで紹介していただいたのが、「PDB=タンパク質構造データバンク」です。PDBは、タンパク質名を検索すると、その立体構造を見ることが出来るオンラインデータベースで、360度回転させながら観察すると、それぞれのタンパク質が実に個性的であることが見て取れます。

 

 

ここで簡単な実験です。タンパク質が精密機械であるならば、それを壊すことも可能です。タンパク質を破壊する性質を持つアルコールをかけて、その様子を観察してみます。マイクロピペットを用いてバクテリオロドプシンにアルコールをかけて振ると、タンパク質の構造が崩れると同時に紫色が無色透明になり、内包していたレチナールというビタミンの黄色だけがあらわれました。

 

 

アーキアは、日中になると光が豊富にある場所を求めて活発に移動しますが、これは自分の細胞膜にあるバクテリオロドプシンに十分な光を浴びせるためです。光を浴びたバクテリオロドプシンは水素イオンを細胞の外側に運びだし、結果としてアーキアが活発に生きるためのチカラを生み出しているのです。たいていの生き物が生きられない極限下で、このような「特別な分子機械」を頼りに緑色の光を求めてゆらゆらと旅するアーキア。想像を膨らませるほど、生物同士の親近感を覚えるとともに、生命の不思議さをしみじみと感じさせられました。

 

次のパートでは、「KEGG」という京都大学が開発したバイオインフォマティクス研究用のデータベースを使って、生体分子のネットワークについて調べます。KEGGはウェブ上に公開されており、体の中のいろいろなシステムを見ることができます。たとえば、体全体の代謝経路を調べると、そのネットワークが、カラフルな東京地下鉄路線図のように表示されます。

 

*試してみよう*

KEGGトップページ(http://www.genome.jp/kegg/)→KEGG PATHWAYをクリック→1.Metabolism-1.0 Global and overview maps-Metabolic pathwaysをクリック

 

このKEGGを用いてネットワークを見るとさまざまなことが分かります。そのひとつが「体内時計」を作り上げるタンパク質のネットワークです。そのネットワークでは、時間が経つごとにタンパク質の生産を増やしたり減らしたりして、タンパク質の量の“波”を作り上げています。つまり私たちの体は、特定のタンパク質の量を感じることで現在の時間を推し量っているのです。

*KEGG PATHWAY→5.Organismal Systems-5.9 Environmental adaptation-Circadian rhythmをクリック

 

さらには病気治療の研究にも用いられており、がんの作るネットワークも掲載されています。アポトシス(個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされるプログラムされた細胞死)を無視したがん細胞の自己増殖や動脈から栄養を取り込む「血管新生能」に協力してしまうタンパク質の働きなどが分かります。現在では、こうしたデータをもとにコンピュータを使った薬剤設計なども行われているそうです。

*KEGG PATHWAY→6.Human Diseases-6.1Cancers:Overview-Pathways in cancerをクリック

つくばサイエンスツアー

7月18日(土)、高1・2合同でサイエンスツアーを実施しました。茨城県つくば市の筑波研究学園都市エリアをめぐるバスツアーです。

 

最初の目的地は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の筑波宇宙センターです。「日本で一番宇宙に近い場所」とも言われる同センター。今、国際宇宙ステーションにいる宇宙飛行士・油井亀美也さんもJAXA所属の宇宙飛行士です。

 

ロケット打ち上げ時の半径3kmの音響体験などの後は、スタッフの方に展示館を案内していただきました。人工衛星やロケットエンジンの試験モデルや模型などが展示されており、日本の宇宙開発の歴史や成果を知ることができました。

 

途中つくば国際会議場にも立ち寄りました。ここは、来年3月に行われる中高生国際科学アイデアコンテスト「つくばScience Edge 2016」の会場でもあります。高1クラスでは、基礎研究の最終的な成果発表を出展予定です。実際にプレゼンテーションやポスターセッションを行う会議室を見学しました。

 

最後に訪れたのは、CYBERDYNE STUDIOです。CYBERDYNE社のロボットスーツ「HAL®」を中心に、サイバニクス技術をテーマに展示・運用している施設です。HAL®(Hybrid Assistive Limb®)は、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる、世界初のサイボーグ型ロボットです。HAL®を装着することによって、身体の不自由な方をアシストしたり、普段より大きな力を出したりすることができるといいます。

 

通常、私たちが体を動かそうとするときには、脳から神経を通じて筋肉へ信号を送っています。そのときに発生している微弱な「生体電位信号」を、HAL®は皮膚に貼り付けたセンサーから読み取り、さまざまな情報と組み合わせて動作を認識します。

 

実際に生徒もHAL®を動かすことに挑戦させていただきました。自らの腕を動かすことなく、「動かそう」と思うことでHAL®の腕を動作させるのですが、初めは思うようにいきません。一緒に腕を動かしてしまったり、ともに動くことなく沈黙してしまったり。スタッフの方にコツを教わりながら体験しました。

 

自分の意思を汲み取り動作するHAL®。その様子を眺めていると、テクノロジーの進化への驚きと同時にどこかHAL®に対する親しみのような気持ちも湧いてきます。ロボット工学に関心のある生徒からは積極的に質問も出ました。自分の実現したい未来像が想像以上に身近にあることが感じられたのではないでしょうか。